「この一冊を読めば、論理力がたちまち付きます」
という夢のような本は、ない。当り前だ。「これ一冊を読めば数学力が付きます」という本がないのと同様だ。
とはいえ、数学力を鍛えるには、数学の本を読んで学べばいい。論理力もまたしかり。「論理力を鍛える本」というのを、しっかり読んで、考えて、論理力のための訓練をしていけば、論理力が付く。
そこで問題は、「どういう本を読めばいいか?」ということになる。
普通の人が思うのは、「三段論法」みたいな本かもしれないが、それは論理力の本ではなくて、論理学の本だ。間違えてはいけない。
論理力を付けるというのは、「間違った論理に陥らない」とうことだ。つまり、「間違い論理の罠に嵌まらない」ということだ。
そこで、「間違い論理の罠に嵌まりそうだ」という例題をたくさん読んで、間違いに陥らない訓練をすればいい。
では、どういう本か?
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ここで、私がお薦めの本を紹介しよう。それは、次のようなだ。
「統計の嘘についての本」
世の中には、「統計の嘘」というものがある。もっともらしい統計の数字を見せて、それによって「これぞ示す」と示す。人々は数字を見せられて、「なるほど、数字は嘘をつかないからな」と思う。しかし、数字は嘘をつくのである。数字そのものは嘘ではないが、数字から出てきた結論には嘘が多く混ざる。
たとえば、最近の例では、次の話がある。
「自民党の支持率は、世論調査で1位です。だから、国民は自民党を支持しているんです」
これは嘘である。たしかに最近の世論調査では、自民党の支持率が1位だが、せいぜい 25%程度に過ぎない。つまり、支持者に比べて、非支持者の方が3倍もある。
正しくは、「どの政党も支持しない人々が一番多い」だろう。つまり、無党派層が一番多い。にもかかわらず、上記のような形で、統計の嘘をつく例が多い。そして人々は、あっさりだまされてしまう。
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というわけで、統計の嘘の例をいろいろ示した本を読むといい。そうすれば、人々の陥りやすい論理の罠に嵌まらないよう、訓練することができる。
統計でウソをつく法
※ オマケ : 統計学が最強の学問である
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このような本は、物理・数学系の人ならば読む必要がないかもしれないが、生物・医学系や、文系の人は、ちゃんと読んでおいた方がいい。というのは、生物・医学系や文系では、この手の論理が全然できていない専門家が多いからだ。
よく見かける例は、次のような研究だ。
「短期記憶には、海馬が働いている。ゆえに、短期記憶をつかさどる脳領域は、海馬である」
このような主張は、「脳の機能局在論」(脳の特定の機能が特定の1箇所だけでなされる)という発想に基づいた見解だ。しかしながら、「脳の機能局在論」というものは、基本的には成立しない。脳の機能は、たいていは、多くの場所でなされる。特に重要なのは脳幹で、脳のたいていの機能は脳幹を経由する。
次に、大脳辺縁系の特定の一部も経由することが多い。そのような形で、「短期記憶は(大脳辺縁系の)海馬も経由する」と考えていい。
しかしこれは、「海馬だけで短期記憶をつかさどる」ということを意味しない。当然ながら、大脳の全体も関与しているはずだ。つまり、
大脳全体(あちこち) + 海馬
という形で、短期記憶はなされると考えられる。
ここで、「海馬だけで短期記憶はなされる」と考えるのは誤りだ。つまり、次の二点は、別のことである。
・ 海馬が損傷すると、短期記憶に障害が出る。
・ 海馬が損傷しないと、短期記憶は海馬だけがつかさどる。
この両者を混同してはならない。
「 A が壊れると、その機能が働かない」(#)
ということは、
「 A だけが、その機能に関与する」(*)
ということを意味するのではなく、
「 その機能に関与する不可欠なもののの一つが A であった」(**)
ということを意味するだけだ。
ここでは、(*)と(**)とを混同してはならない。にもかかわらず、(#)という実験結果(または臨床報告)から、(**)でなく(*)を結論してしまう研究報告がとても多い。
これは、生物・医学系の研究者が、論理力が低い人が多い、ということを示している。
また、有名な例として、次の例がある。
「ネアンデルタール人は現生人類と混血した」
「デニソワ人は現生人類と混血した」
そんなことは原理的にありえないのに、統計数字を見て、類似性を見ただけで、勝手に「混血した」という結論を出している。この馬鹿げた結論を信じている進化論学者が圧倒的に多い。いかに非論理的な人々が多いか、という見本だろう。
- ( ※ では、正しくは? 「両者は混血したから共通遺伝子をもっていた」のではなくて、「両者はもともと祖先から共通遺伝子を引き継いだだけ」なのである。たとえば、人間とマウスには、共通遺伝子がたくさんあるが、それは、マウスと人間が混血したからではない。単に共通祖先から共通遺伝子を引き継いだだけのことだ。ネアンデルタール人やデニソワ人と現生人類の共通遺伝子も、また同様だ。詳しくは → 該当項目のシリーズ )
【 関連サイト 】
上記では書籍を紹介したが、ネット上でもホームページなどで同様に「統計の嘘」を指摘しているページがいくつか見つかる。紹介しよう。
《 体系的なホームページ 》
→ 中学生からの論理的な議論の仕方
→ 統計の嘘の見抜き方
でなされる。
前者のページの一部分が、後者のページである。
たとえば、次の例題が示されている。
「東大合格者にアンケートを行ったところ、100人中46人が個室ではなくリビングで勉強をしていた。したがって、リビングで勉強をすると頭が良くなるのだ。」これは嘘かホントか?
《 個別のホームページ 》
「相関関係があるから因果関係がある」
という判断をする人が多いが、これは間違いである。詳しくは、下記の例を見るといい。
→ 惑わされないための練習問題
→ よくある統計の勘違い−相関関係と因果関係は別物−
→ 「相関関係と因果関係は同じではない。」の意味をわかりやすく教えてください。
→ 補論(相関関係と因果関係の違い)
※ 最後のページの内容を簡単に言うと、
A ⇒ C
B ⇒ C
という因果関係と相関関係が二通りあるとき、
A ─ B
という相関関係はあるとしても、
A ⇒ B
という因果関係はあるとは言えない。
【 関連項目 】
私もまた、統計の嘘について、個別に論じたことがある。下記を参照。
→ 池田信夫のデマ(電力)
→ 続・池田信夫のデマ(電力)
→ 火力発電による死者数
→ 池田信夫「テロとの戦い」 の後半 [ オマケ ] (火力発電の統計数値))
【 関連する本 】
「統計の嘘」とは別に、「本を読む段階で論理的に読む」という訓練も必要だろう。これについては、「英語を読むときに論理的に読む」ことで「論理的に考える」という訓練をすることができる。前に下記の本を紹介した。
→ 思考訓練の場としての英文解釈
上記の本は、すごく頭のいい人向けだ。
一方、普通のレベルの頭の人ならば、まずは国語力を付けるのが先決だ。今はまともに日本語を読めない人が多いからだ。しかも自分が日本語力がないことを自覚さえできていない人が多い。勝手に誤読して、イチャモンを付ける人が多い。
国語力を付ければ、文章を読んでも、話の核心をきちんと理解できるようになる。そのための訓練の一つとして、次の本が参考になるようだ。
→ [出口式]脳活ノート