2011年10月14日

◆ ランボーの詩「天才」

 詩人のランボーの書いた詩のなかで「天才」という一編がある。それを紹介する。
 これはまるでジョブズのことを語っているようだ。 ──

 ジョブズについていろいろと考えているうちに、ランボーの「天才」という詩を思い出した。これはまるでジョブズのことを語っているようだ。
 この詩の一部を、ツギハギ的に抜粋して紹介しよう。
       《 天才 》
   (前略)
  
 かれは情愛であり未来だ、力であり愛だ。
 かれは愛だ、つまり、完璧な再発明された尺度、また、驚くべき予想外の理性。かれは永遠だ、つまり、宿命の特質によって愛されている機械。ぼくたちはすべて、かれの譲歩を、そしてぼくたちの譲歩を、不意に怖れた。かれこそは、その限りのない生命を通じて、僕たちを愛しているのだ……
 しかも、ぼくたちがかれを思いだすと、かれは旅をしている……そこでもし、崇拝が消えていくと、鳴りひびくのだ、かれの約束が鳴りひびくのだ。「後へ退がらせろ、それらの迷信や、それらの古ぼけた肉体や、それらの世帯や、それらの年齢を。ほかならぬその時代は、滅び去ったのだ!」
 かれは立ち去らないだろう、かれは天からふたたび降りて来もしないだろう、かれは、女たちの怒りや男たちの陽気さの、またそのあらゆる罪の、償いを実行することはないだろう。なぜなら、かれが存在し、かれが愛されているならば、そうしたことはまさしく果たされているのだから。
 おお、かれの息、かれの頭、かれの走りぶり。形や行いを完成する恐るべき素早さ!
 おお、精神の実りの豊かさ、宇宙の果てのない広がり!
 かれの視力、かれの視力! かれの追求において指摘された、あらゆる古めかしい拝跪と苦痛。
 おお、かれ、そしてぼくたち! 失われたもろもろの慈悲よりも、さらに他人に対する好意に満ちている高慢さ。
 おお、世界! そして、新しい不幸の清らかな歌! 
 かれは僕たちすべてを識ったし、僕たちすべてを愛した。
 
   (以下略) 


 これは、ランボーの詩集「イルミナシオン」の翻訳からの一部抜粋だ。
 翻訳は、清岡卓行・訳。すでに絶版だが、下記で入手できる。

  → ランボー詩集
  → ランボー・文芸読本 (1977年)

   ※ 私が持っているのは、後者。
 


 【 関連項目 】

 私がジョブズについて述べた見解がある。下記など。
  → 疾走したジョブズ
  → ジョブズが求めたものは?

 これらのジョブズ評を読めばわかるように、上記の詩(天才)の文句と、よく似ている。今にして思うと、その一致の度合いに驚くほどだ。

( ※ このような一致の度合いは、偶然ではありえない。では、なぜ一致したか? 思うに、真実は一つしかないからだろう。誰が進もうが、最終的には同じところにたどり着く。)


posted by 管理人 at 19:42| 書評 | 更新情報をチェックする
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