2011年01月10日

◆ ファインマンの教訓

 ファインマンが部下に仕事を任せたときの話がある。興味深い話だ。
 しかしこれを誤解している人がいるので、以下で正しい理解を示しておく。 ──

 私はトンデモマニアではないので、他人の間違いをいちいちあげつらって嘲笑・罵倒する趣味はない。(そんなことをすれば品性下劣になって恥をかくだけだ。)
 しかし、ファインマンについて世間で誤解が広まるのは残念なことなので、誤解を正す形で指摘しておく。
 
 ──

 出典は、次のページだ。
  → ファインマンさんが若者たちのやる気を引き出した方法

 このページでは、次のような引用文がある。
  ロスアラモスで仕事につかされたこの若者たちが、まずさせられたことといえば、IBMの機械にチンプンカンプンの数字を打ち込むことだった。しかもその数字が何を表わしているのかを教えるものは誰一人いなかったのだ。当然のことながら仕事は一向にはかどらない。
 そこで僕はまずこの若者たちにその仕事の意味を説明してやるべきだと主張した。その結果、オッペンハイマーがじきじきに保安係に談判に行き、やっとのことで許可がおりた。そこで僕が、このグループのとりくんでいる仕事の内容や目的について、ちょっとした講義をすることになった。さて話を聞き終わった若者たちは、すっかり興奮してしまった。「僕らの仕事の目的がわかったぞ。僕らは戦争に参加しているんだ!」というわけで、今までキーでたたいていたただの数字が、とたんに意味をもちはじめたのだ。圧力がかかればかかったで、それだけ余計なエネルギーが発揮される……という調子で仕事はどんどん進みはじめた。彼らはついに自分たちのやっている仕事の意味を把握したのだ。
 結果は見ちがえるばかりの変わりようだった! 彼らは自発的に能率をもっと向上させる方法まで発明しはじめた。仕事の段取りは改善する、夜まで働く、しかも夜業の監督も何も要らない、という調子である。今や完全に仕事の意味をのみこんだこの若者たちは、僕らが使えるようなプログラムまでいくつか発明してくれた。
 この引用文は、下記の書籍からだ。
  → ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)

  ──

 引用文自体は、別に問題ない。しかし、ここから得られる教訓が問題だ。
 上記のサイトでは、「やる気を引き出した方法」というタイトルのもとで、「リーダーが部下のモチベーションを上げる方法」として、「仕事の意味を理解させる」ことだ、というふうに説明している。
 しかし、これは誤読である。いや、ただの誤読というよりは、読みが浅すぎる。

 ──

 実は、原文を読めばわかるように、能率は 10倍にも上がっている。
 僕の助手たちはこうしてめざましい働きをしたわけだが、この成果を生むにはただ単にその仕事の意味を教えてやるだけでよかったのだ。そして今まで三つの問題を解くのに九カ月かかっていたのが、今度は三カ月に九つの問題を解いてしまった。ほとんど10倍に近い能率だ。
 このように「能率 10倍アップ」というのは、やる気だけでは済まない。やる気だけで済むのは、せいぜい2倍だろう。とすれば、やる気以外の何かがあったはずだ。それは何か?
 
 ファインマンは例によって、「この成果を生むにはただ単にその仕事の意味を教えてやるだけでよかったのだ」とだけ述べる。
 だが、金庫破りの話を読んでもわかるように、ファインマンは自分を格好良く見せすぎる。
 「こんなに簡単にやったんですよ」
 と吹聴するが、それを真に受けてはいけない。(引っかかってはいけない。本項末の [ 余談 ] を参照。) 

 ──

 ファインマンがやったのは、何か? それは、次の二点で要約できる。
  ・ 権限委譲
  ・ QC運動


 (1) 権限委譲

 それ以前は、与えられた作業を、単にやらせるだけだった。部下はただの単純作業員のように働くだけだった。権限は上司が握っており、トップダウンで部下は命令を聞くだけだった。
 しかし、ファインマンは権限を部下に委譲した。課題を与えたあとで、課題を実行する具体的な方法は部下に任せた。

 (2) QC運動

 能率アップのための作業改善の方法を、部下が自発的に生み出せるようにした。これは (1) の「権限委譲」とセットだ。
 作業の手順をマニュアルで細かく決めるかわりに、作業の手順をどんどん改善できるように促した。部下たちが勝手なことをやり出しても、それを放置した。

 以上の (1)(2) を通じて、部下は能率をアップさせるための作業改善方法を、試行錯誤のすえに、編み出した。最初はうまく行かなくて、危なっかしく見えたが、それでも部下に任せて、口出しをしなかった。
 その結果、部下が次々とアイデアを出したので、最終的には、「能率 10倍アップ」になるほど、作業の手順が改善された。

 ──

 ファインマンの話からわかることは、「優れたマネージメントとは何か」ということだ。その点では、ドラッカーの話とも共通する。次のベストセラーからもわかる。
  → もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

 この本にも、「目的は何かを理解して共有する」という話はあるが、それだけで済むほど、マネージメントというのは簡単なものではない。「やる気さえあればいい」というのは、昔の日本の大和魂主義みたいで、古臭い発想だ。

 優れたマネージメントには、上の (1)(2) のようなことが必要だ。
 実際、ファインマンの原文には、「やる気を出させたから成功した」というような文句は、まったく出ていない。むしろ、ファインマンの性格は、「やる気」よりは、「興味」や「いたずら」である。ファインマンの話を読んで、「やる気を出せばいいのだな」なんて読むようでは、まったくの誤読と言うしかない。
( ※ しいて言うなら、「仕事に興味をもたせよ」ということか。)

 ──

 ついでだが、ファインマンのこの話(章)の最後には、次のような文句がある。
 とにかく原爆実験のあと、ロスアラモスは沸きかえっていた。みんなパーティ、パーティで、あっちこっち駆けずりまわった。僕などはジープの端に座ってドラムをたたくという騒ぎだったが、ただ一人ボブ・ウィルソンだけが座ってふさぎこんでいたのを覚えている。
「何をふさいでいるんだい?」と僕がきくと、ボブは、
「僕らはとんでもないものを造っちまったんだ」と言った。
「だが君が始めたことだぜ。僕たちを引っぱりこんだのも君じゃないか。」
 そのとき、僕をはじめみんなの心は、自分達が良い目的をもってこの仕事を始め、力を合わせて無我夢中で働いてきた、そしてそれがついに完成したのだ、という喜びでいっぱいだった。そしてその瞬間、考えることを忘れていたのだ。つまり考えるという機能がまったく停止 してしまったのだ。ただ一人、ボブ・ウィルソンだけがこの瞬間にも、まだ考えることをやめなかったのである。
 ──

 ファインマンの話は、「やる気を出させれば原爆開発も能率アップ」というような単純な話ではない。もっと含蓄のあるものだ。そこいらにある「これで仕事が成功します」というような単純な実用本と混同してはいけない。そんなことのためにファインマンの話を読むとしたら、それはまるで、価値ある黄金を使って、缶飲料の缶にしてしまうようなものだ。あまりにももったいない。

 「意義を教えることで部下がやる気を出した」ということ自体は、間違いではない。
 しかし、能率アップをもたらしたものは、「やる気」自体ではない。「やる気」を通じて生み出されたことだ。つまり、やる気によって部下が改善運動をしたことだ。
 なのに、権限委譲も改善運動もなしで、やる気だけを出すように叱咤しても、能率はかえって下がってしまうかもしれない。

 ──
 
 実を言うと、ファインマンが語った話の趣旨は、「能率アップの方法」ではない。まったく別のことである。それは、簡単に言えば、「硬直した思考の打破」と言える。このことが、ファインマンの本の全体を貫く基調となる。
 しかしながら、「硬直した思考の打破」というのは、「トンデモだ!」と騒ぎ立てる人々にとっては、最も遠い発想であろう。彼らにとっては、標準理論だけが大事である。「標準の思考を取ることこそ正しい」というふうになるからだ。トンデモマニアがファインマンと出会ったら、ファインマンを「トンデモだ!」と非難しただろう。実際、ファインマンの学説は、どれもこれも(当時の)標準理論に反するからだ。 

 ファインマンの話を読んでも、真意を読み取れない人もいる。ま、そういう人がいるのは仕方ないが、世間に誤解が広まらないことを、私としては願う。



 [ 余談 ]
 この本で、私にとって最も興味深かったのは、次の二つの話だ。

 (1)
 原爆開発の施設の青写真を見せられて、担当者から説明を受けた。そこで、青写真の一部分を指差して「これはどうなんだね」と質問した。すると担当者は目の色を変えて青ざめてしまった。たしかにそこは問題点だった。莫大な青写真のうち、問題の箇所を、ちょっと見ただけで指摘してしまったのだ。それをそばで見ていた施設案内人は、その神がかりな指摘に、驚いてしまった。
「先生はまさしく天才だ! それはこの間工場を一回見て回っただけで、次の日、90-207棟の蒸発器C-21番と言われたときすぐわかりましたよ。しかし今なさったことはまったく想像を絶するものがあります。いったいどうやってあんなことがわかったんです?」(p.188)
 (2)
 金庫破りの話。施設の金庫を次々とあけてしまい、「金庫破りの名人」と言われるほどになった、という話。(すごく面白い。)

 ──
 
 この二つの話から、何か教訓を得ることができるか? あらためて頭をひねって考えると、次のことだ。
 「ファインマンには手品師の才能がある」

 人の心理の盲点を突く。そのことでとうてい不可能なことが可能であるように見せかけることができる。
 詳しい話は、本書を読めばわかる。私としても、彼と似たことを、結構やったり考えたりしているから、裏事情もいくらかはわかる。

 ただし、普通の人は、ファインマンの真似をしようとしても、無理だろう。私のサイトの話を読んでいて、しばしば共感できる人であれば、上の話を読んでも、理解できるかもしれないが。(私の話を読んで「トンデモだ!」と騒ぐような人には、とうてい無理だ。) 

 普通の人は、ファインマンの話から教訓を得ようとするよりは、ドラッカーの話から教訓を得ようとする方がいいだろう。ドラッカーならば、わかりやすいし、普通の人も真似することができる。


    
 
    

  


 【 関連項目 】
 「成果を挙げるには、やる気を出せばいい」
 という素朴な思い込みがある。しかし、間違いだ。この件は、下記で示した。

  → Open ブログ 「IQが高いと成功するか?」

  → Open ブログ 「やる気曲線」


 やる気があると、かえって能率が低下してしまう、ということもあるのだ。

 ──
 
 【 関連サイト 】
 他の人のサイトで、関連となる情報を示す。

 (1) ファインマンの言葉
  → 「名誉はうんざり」ノーベル賞受賞者ファインマン氏の言葉

 ファインマンの動画。日本語訳付き。

 (2) 南部陽一郎の発想
 「独創性とは何かについては、南部陽一郎の発想法を紹介したサイトがある。
  → 南部陽一郎の独創性の秘密をさぐる


posted by 管理人 at 06:45| 書評 | 更新情報をチェックする
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